灯りテラス          色と言葉とお茶の時間 akariteras.exblog.jp

そういう時とそういう人

今日はまた北茨城の皇祖皇大神宮さんへチャージさ行ってきました。

自己メンテナンスのために行ったのですが、涙が止まらず洞窟の中で怪しくシクシク泣いて
スッキリしてきました。
泣き女現る、です。
ほほほ

昨日は昨日で人間的な活動でちょっくらまいってしまって、オイオイ泣いていたところ、もうすぐ
2歳の娘にヨシヨシと頭をなでなでしてもらい、それでも延々に泣き止まない私に対して「おしまーい」とニコニコしながら言葉をかけてくれました。

救われました。ありがとう、ですね。
娘はどうやら、私の感情に引っ張られずに自分は自分でいられるようです。
カッコいいです。尊敬。


さて、そんな自分は悲しみやすくもろく泣きやすい…のでしょうか?
それとも「たまたま」悲しみやすくもろく泣きやすいとき…なのでしょうか?

私個人としては、前者は大きくて堅いくくりを作ってしまい「限定性」を強める力がある捉え方だと思うので、後者の幅の広い捉え方が好きですね。

自分に対するジャッジに慣れてしまうと、知らないうちに他人様やただの現実の事実に対しても同じ事をしてしまいがち。
常にジャッジ!!
勝手にボランティア審判!!
白か黒か。みたいに。

ただ、こうあるだけ。
いまは、たまたまそうなんです。という流動的で自由なのが楽チンです。

たまたま…曖昧で柔軟で動きやすくて大好きな言葉の1つです。
ふふふ

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by akariterrace | 2014-09-30 22:44 | なんとなしのはなし